慕わしきハンケチ哉

何か物を集めたりすることはあまりない私ですが、唯一ハンカチは細々と揃えてしまいます。
小さくて、四角い布。数十センチ四方の布切れに、レースや刺繍をぎゅっと凝縮する。きっと女子は多かれ少なかれハンカチ好きなのだろうな、と。
ハンカチといえば、オセローを思い出す。
オセローが溺愛するその妻デズデモーナに贈るのは、「苺の刺繍のあるハンカチ」。それは、オセローの愛の証であり、そしてまた夫婦を絶望と死へ追い遣る破滅の小道具。
この白いハンカチに赤い苺、というアイテムはとても象徴的です。白いハンカチは処女性や聖母マリア、そして当時のイギリスならば処女王エリザベスを思わせます。(国教を立ち上げ、カトリックを排斥した英国は同時に聖母マリアを信仰することもやめ、それを補うように女王が神格化された)赤い苺もまた純潔を連想させます。というのも、花嫁の処女性が重視された文化では、初夜の床から新妻の破瓜の血液が染み込んだシーツ、あるいはナプキンのような布をとることが婚姻の儀式の一つでした。文化によっては、それは婚姻の成就を示す証拠品として、結婚の祝宴で参列者に示されたり、あるいは離婚裁判に提出されたりもしました。
しかも!オセローの言によると、デズデモーナのハンカチはただの布ではなく、彼の母がエジプトの魔女に与えられた魔法の篭った品で、刺繍糸は「乙女のミイラの心臓」で染められた赤色らしい。いよいよデズデモーナの処女性が強調される。
父を捨て、育った家を出て、全てを投げ遣って選んだ愛する人に、疑われ苛まれて殺されるデズデモーナ。そして悲劇の全ての曲がり角に、苺のハンカチが声高に彼女の無実と貞節を歌い上げている。

書いてるうちに、苺の刺繍のハンカチが欲しくなった。